知らないことを恐れず、楽しむ心を
はじめに
皆さんのお子さんは、何か感動を覚えるものに出会っているでしょうか。私自身は小学生の頃に科学に魅了され、憧れの研究者になりました。10代半ばに日本人がノーベル賞を受賞したことにも、大きな影響を受けました。その後も2016年には本学の大隅良典先生が、そして今年は京都大学の本庶佑先生がノーベル生理学・医学賞を受賞されました。ノーベル賞受賞のニュースを見ると、世界観が格段に広がり「自分にも何かできるかもしれない」という意気込みが、これまでの次元とは異なる勢いで込み上げてくるのを感じます。自分から「何かを学びたい」「やってみたい」という好奇心を持つことは、一番大切な出発点です。私たち大学の役割は、そのように自ら「知りたい」「学びたい」と思ってくれる学生の熱意に応えるべく、最適な教育環境を用意することであると考えています。
サイエンスとの出会い
「研究者になったきっかけは」と問われるたびに私が思い出すのは、子ども時代の原体験とノーベル受賞者たちのことです。小学生の頃、週末に開かれていた理科教室で、物理や化学の実験をすることが何よりの楽しみでした。乾電池を分解したりモーターをいじったりしているうちに、「電気」という見えないものへの憧れが強くなり、サイエンスへの好奇心の芽が育っていったのです。そんな折、1973年に江崎玲於奈先生が、日本人として4人目のノーベル物理学賞を受賞しました。今になって振り返ると、当時18歳だった私にとって、半導体と云う分野で江崎先生がノーベル賞に輝いたということが、自分の研究人生を決定づけるターニングポイントになっていたと思います。
高等専門学校生だった私は、全国を周って講演される江崎先生の話を聴きに行きました。残念ながら、講演内容は難解でさっぱり理解できませんでしたが、それでも科学の最前線に触れることができ大きな刺激を受けました。私と同様に、大隅先生、本庶先生のノーベル賞に刺激を受けた多くの若者に科学の世界、理工学の世界に飛び込んできていただきたいと思っています。
未来に期待し、楽しもう
皆さんは、2050年にはどのような社会になっていると思いますか。人工知能(AI)が現存する仕事の6割を奪うようになるとも言われる昨今、AIを脅威と感じている方もいらっしゃるでしょう。未来について、私が一つ自信を持って言えることは「きっと、すごく面白い未来が待っていますよ」ということです。
これまでも、科学技術はさまざまな場面で私たち人間の生活を一変させてきました。同時に人間はその都度、ある種の不安も感じてきました。例えば、コンピュータが出現した時は事務仕事に携わる人々の、またロボットが出現した時は製造業に携わる人々の仕事が全て取って代わられるだろうと恐れられたものです。しかし、実際には懸念されたような事態にはならず、高度経済成長の中でむしろ新しい職業が生まれ、社会は進化し続けました。インターネットが一般に普及し始めたのも、今からほんの30年前のことです。膨大な情報を瞬時に得られるようになったことで私たちの生活は一変し、利便性が飛躍的に向上しました。今では、一人ひとりが携帯端末をもち、情報のやりとりを行っています。このようなダイナミックな変化を、誰が想像できたでしょうか。
世の中は未知のことばかりです。しかし、自分たちの知らないことがあり、未来が予測できないと悲観するのではなく、むしろ楽しみ、期待に胸を膨らませるべきだと思うのです。そこに生まれる「新しい価値」を想像してみましょう。過去の科学の進歩が私たちを驚かせてきたように、これからの新しい変化に期待し、未来に想いを馳せようではありませんか。
理工系分野でこそ「リベラルアーツ」を
科学技術が人類の幸福に貢献するために発展していくには、人々が歩んだ歴史や現在の国際社会を理解することが不可欠です。本学は理工系の大学ではありますが、「リベラルアーツ」と呼ばれる理工系の枠を超えた幅広い教養科目を、学士課程から博士後期課程までの全学生が積極的に学んでいます。最近、歴史認識や国際情勢について、インターネットに溢れる情報を鵜呑みにする傾向が懸念されています。これは非常に危険なことです。バランスの取れた価値判断を持つためには、哲学や法学などの人文学や社会科学などの教養を広く学び、広い世界を視野に入れることが大切で、科学技術に携わる者にとっても必須なのです。
本学に所属する1,000名ほどの教員のうち、約60名がリベラルアーツの教員です。講義やワークショップを通じて、学士課程では3年目に「教養卒論」を書き、大学院進学後もリベラルアーツを学びます。博士後期課程では、世界が取り組むべき持続可能な開発目標(SDGs:Sustainable Development Goals)に考察を広げます。SDGsのプロジェクトでは、研究分野も国籍も異なる学生4名が1つのグループとなり、「貧困」「水」「防災」など、地球規模での諸問題を取り上げ発表します。博士後期課程になると全体の35%以上が留学生ですので、英語で議論せざるを得なくなり、白熱した複眼的な提案が行われます。学長の私が見ても興味深いものばかりで、学生のうちにリベラルアーツを追究することは、将来の活躍に不可欠であると確信しています。
「多様性・寛容性・協調性」がキーワード
日本では大学の国際化が叫ばれ、社会全体がグローバルに活躍する人材を育成しようとしています。国際化という意味では、科学技術そのものは今も昔も国際化の土台の上に立ち続けており、近年大きく変わったというわけではありません。理工系の研究者にとっては、留学することも、英語で論文を発表して海外の学会に行くことも、全て当然の感覚なのです。しかし、国をまたいだチームで研究をする機会がますます増えていく現代、英語講義の拡大や留学生・帰国生の受け入れなど、大学システムの国際化は急務であると感じます。
本学の入学式では、数年前から学長式辞を日・英両言語で行うことが話題になりました。今年の入学式で私が強調したのは、どの局面においても画一性を排し「多様性」を重んじようということです。「グローバル化」とは、人種や宗教・文化などの「多様性」を受け入れ、その多様性を受け入れる「寛容性」を持つことが第一歩だと考えています。この多様性と寛容性が浸透するまで、私たちは繰り返しこのメッセージを伝える必要があると感じています。
互いに「協調する」ことも大切です。今年本学で開催されたIDC※1ロボットコンテスト大学国際交流大会は、今年で29回目を迎える4大ロボコン※2の一つという位置づけです。他のロボコンと比べて特徴的なのは、大学別でなく、日本・アメリカ・中国・韓国・タイ・シンガポール・インド・メキシコの8ヵ国の大学生が、混合チームを編成して臨む点です。言葉や文化の違いを超えて取り組むこのコンテスト自体が、まさにグローバル社会の縮図になっているのです。リーダーシップを発揮する留学生や、山積する課題を着々と解決していく日本人学生など、多様性の中で切磋琢磨していきます。そこで大切なのは「協調性」です。ロボットを設計・製作する過程では、互いに歩み寄る心がけなしには何も進みません。実際の社会でも同様に、さまざまな国籍の人々が集まり協働するためには「多様性・寛容性・協調性」は必須です。皆さんもこのキーワードを意識しながら、日本の国際化に貢献してくださることを期待しています。
※1 IDC = International Design Contest
※2 高専ロボコン・大学ロボコン・ASIA―Pacific Robot Contest・IDCロボコン
海外で暮らすご家族へのメッセージ
私たちを取り巻く社会では、グローバル化と共に「理系的発想」の重要性も注目されています。実際には理数系の科目が好きなお子さんもいれば、そうでないお子さんもいて、皆さんそれぞれ得意不得意があるでしょう。理系分野に関心を持ち、楽しむ素地を作るためには、理工系の学生や研究者、エンジニアなど、身近にいる理系的発想をする人と話をしてみることから始めましょう。自分と異なる視点や思いがけない知識を得られ、新たな発見があるに違いありません。
「科学を志す第一歩」として私がお伝えしたいこと、それは「これぐらい知らないと恥ずかしい」という気持ちを捨てていただきたいということです。なぜなら、「知らない」ことを恐れずに「わからないから知りたい」という姿勢でいることこそが、探究心を駆り立て、ひいては人類に貢献する科学技術の発展につながっていくからです。まずは「知りたい」「自分でやってみよう」と思う気持ちを幼い時から大切にしてください。そしてぜひ、親御さんも一緒に考え、更にはお子さんと一緒に「学び始める」ことをおすすめしたいです。余談になりますが、私は45歳の時に息子とスノーボードを始めました。実は息子に付き合うのを口実に、本当は私自身が始めてみたかったのです。人生いくつになっても未知の分野を知ることは、実に面白いものです。
最後に、理工系に興味を持つ女子学生へエールを送りたいと思います。理工系に進学する学生は男子が多く、女子学生はまだ少数派です。しかし、女子学生は数が少なくても少数精鋭で、意識が高い点に敬服しています。本学も数値目標を掲げ、今後さらに女子学生・女性研究者が増えるよう取り組んでいます。女性の科学者が増え、多様な視点と発想をもたらしてくれることを切に願っています。
『この人からエール』バックナンバーはこちら
https://spring-js.com/expert/expert01/yell/