グローバル教育
三井化学 アジアパシフィック 社長 那和 保志 氏

グローバル時代を迎えた今、企業が求める人材、教育とは何でしょうか。企業の担当者に聞きました。

素材産業は人々の生活を革新させる産業だと思います。新素材なしでは日本が世界に誇る環境技術やインフラ技術も成立しないでしょう。はじめに御社の紹介をお願いします。

当社は、大手総合化学メーカー三井化学の100%子会社です。1987年にシンガポールに開設し、2007年以降アジア・パシフィック地域の統括会社として活動しています。現在は、所管域内で関係会社22社、従業員約2,000名を擁し、売上高はグループ全体で2割を超えています。シンガポールには6 社、総勢380 名のスタッフがいます。

当社はいわゆる素材産業であり、ペットボトルの原料であるPET樹脂やポリエチレン、ポリプロピレンなど日常品の様々な原材料を市場に供給しています。典型的なものは「産業の米」と言われるポリエチレンというプラスチックの原料です。コンシューマープロダクトを作っていないため、テレビコマーシャルに出たりということはほとんどありません。その意味では「縁の下の力持ち」であり、自動車や電
機産業を中心にあらゆる分野に素材を提供するというのがわれわれの基本的な使命です。

具体的な事業内容を教えてください。

一言で言うのは難しいですが「オムツから自動車まで」生活のあらゆる場面における素材の提供、と言えば良いでしょうか。化学製品の主要市場には自動車素材、電子情報材料、生活環境エネルギー、包装材料などの領域があり、身近なところで幅広く利用されています。日常生活において当社の素材を使った製品を使わない日はないと言っても過言ではありません。

オムツを例にしますと、当社では不織布や通気性の高いフィルムを作っています。オムツメーカーさんはいろいろな会社の素材を組み合わせて独自の製品を作り、お客様(一般消費者)にメーカーのブランド名で広めていきます。それに対して当社は、強度や伸縮性、柔らかさといったお客様(メーカー)の厳しい要求に応えるため、各社の製品に合わせた素材をカスタマイズしてご提供します。素材へのニーズをどう実現していくかという課題に常に取り組んでいるのです。

御社の採用についてお聞かせください。

定期採用ですと、景気によってばらつきはありますが、100人中80~85人ぐらいは理系出身者です。入社後は主に研究、製造、営業に関連した技術サービスに従事します。文系は人事・総務などのアドミニストレーション業務と、営業が主になります。お客様から要望を聞いてそれを研究部門へフィードバックしますから、文系出身者でもある程度の理系知識は必要になります。

近年学生の理科離れが深刻になっていますが、それは日本に限ったことではないように思います。シンガポールでも、南洋工科大学(NTU)とシンガポール国立大学(NUS)で化学を専攻する学生はおよそ2,000人いるそうですが、卒業後化学系に就職するのはそのうちの2割くらいと聞いています。多くの学生は金融業やその他サービス業に就いてしまうようです。公害や事故など化学に対する悪いイメージがあり、化学産業自体があまり人気がないのかもしれません。

しかし、化学産業はあらゆる産業を優れた技術で下支えし、私たちの生活の質を向上させる「夢のある産業」です。人々の生活は化学技術により、更に豊かに快適にすることができます。今後の化学産業の発展のためにも、次世代を担う子どもたちに化学は身近であり、とても楽しく面白いものであることを伝え、興味を持ってもらうことが大切だと考えています。当社でもお子さま向けの化学実験イベントを開催するなど、さまざまな活動を実施しています。子どもの頃から実験に親しんでいくことが理科離れに歯止めをかけることとなり、将来の人材確保につながると確信しています。

今後は人材のグローバル化は加速しますか。また、マネージメントで工夫されていることはありますか。

事業がグローバル化するほど、お客様も日本企業だけではなく海外のマルチナショナル企業になります。ローカルの市場でその土地のお客様を開拓しなければ今後は生き残っていけません。

研究開発の現場でもグローバル化は顕著に進んでいます。日本の研究所は圧倒的に日本人が多いですが、グローバル化してより優秀な人材を活用したいという狙いで、2006年の秋にシンガポールにも研究拠点を作りました。今後はさらにグローバル人材の採用が増えるでしょう。統括会社は主に日本からの出向者とシンガポール人ですが、ジュロンにあるケミカルプラントはインド、中国、インドネシア、マ
レーシアなどかなり多国籍です。

マネージメントする上では、会社の進む方向性やビジョンを共有してもらうことが大切だと考えています。以前はジェネラルマネージャーはすべて日本人が就いていましたが、今では非日本人が過半数を占めています。主要な役職のスタッフには日本での研修に参加してもらったり、マネージャーのリーダーシップ研修などは日本人とローカルのマネージャーと合同で行ったりしています。

御社は、コアバリューの一つとして人種や性別を問わない「ダイバーシティ」を掲げています。また健康経営を重視されるなど、スタッフをたいへん大切にされている印象があります。

当社は人種や性別では一切差別しないと宣言しており、ローカルのスタッフともその価値を共有できています。当社には「人の三井」という言葉があります。当社にとって最も大切な財産は「人」です。そのスタッフを大切にするために、「社員の健康は会社の健康」というスローガンを掲げ健康経営にも心がけています。

化学産業はコンビナートの中で営まれており、3交代勤務のため健康維持は大きな課題です。1日に歩く目標を掲げるなど日常的に健康を気遣い、その取り組みに貢献した人には点数をつけ年間最優秀の人に賞品を出す、というユニークな取り組みをしています。スタッフが健康で業務を遂行できることが、スタッフ自身とその家族の幸せであり、会社の持続的発展につながると考えています。

どのような人材を求めていらっしゃいますか。また、求められる能力は何でしょうか。

当社は現在、世界43拠点をベースにビジネスを展開しており、今後も海外での事業を拡大してグローバル化の促進を図っていきます。そのためには、グローバルに活躍できるリーダーとなりうるスタッフを求めています。

化学産業において、新製品の開発のために大切なのは「コミュニケーション力」です。特に営業では一番大切な能力だと言えるでしょう。お客様のニーズは、お客様と密なコミュニケーションをとれてこそはじめて聞き出せるものです。新たなニーズにかなう素材が当初なくても、研究部門にお客様のご要望をフィードバックして新しい素材を作り出すことができます。こうしてお客様の課題に対して新しいソリューションを提供するという理想的なサイクルが生まれます。「コミュニケーション力」が足りずニーズを聞き出すことができなければ、新製品の開発にはつながらずサービスが低下することになりかねません。しかし、一言で「コミュニケーション力」と言っても日本企業、マルチナショナル企業、ローカル企業とではコミュニケーションの仕方が違うので、日本で成功した営業マンが必ずしも海外で成功できるとは限りません。言葉の問題もありますが、それだけですべてが解決するわけではないのです。それぞれのお客様に対する鋭い感度を持つことも大切でしょう。

求める人材を聞かれると、私は「生意気な人」が欲しいと答えています(笑)。入社後は、ほとんどの人が組織の中で角が取れて丸くなってしまいます。はじめから普通で丸い人よりも、個性的で角がある人に来ていただきたいと感じます。

海外で暮らすご家族へのメッセージをお願します。

日本の教育は、学校の格差が大きい気がします。公立校をもう少し底上げし、国際舞台でビジネスができるディべート力を養う必要があるでしょう。その点シンガポール人はかなり優秀だと感じます。せっかくの海外生活ですから、ローカルのサークルに参加するなどの経験を通して外国人の友達をたくさん作り、自分の意見をはっきり伝えることのできるコミュニケーション力を育んでいただきたいと思います。帰国後も続いていくようなネットワーク作りを心がければ、後々国際ビジネスの舞台で役に立つ日が来るのではないでしょうか。

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