グローバル教育
キリンホールディングスシンガポール社 社長 本多 宏理 氏

海外で仕事をする上で必要なのは、「論理的な思考力」や「説得力のあるコミュニケーション力」です。

ぜひ英語力と合わせて、実践的なコミュニケーションの力を伸ばしていただきたいと思います。

グローバル時代を迎えた今、企業が求める人材、教育とは何でしょうか。
企業の方からお話をうかがいました。

Q. 御社のご紹介をお願いします

キリンビールの起源は、1885年(明治18年)に横浜の在留外国人らによって立ち上げられた「ジャパン・ブルワリー・カンパニー」に遡ります。当初から品質本位を徹底し、資格を持ったドイツ人醸造技師を呼び寄せて生産をしていました。その後日本のビール事業の草分け的企業として成長し、1907年(明治40年)には社名を「麒麟麦酒」として新たに出発しました。戦後の経済成長とともにビールの売上を伸ばし、72年には国内シェアで60%に達しました。80年代からは経営の多角化・国際化を進めてきた結果、現在のグループ連結売上高は、国内の酒類・飲料事業、海外の酒類・飲料事業、医薬事業がそれぞれ約1/3を占める事業構成となっています。

海外への進出は、80年代に海外事務所を設立するなど本格化し、輸出・委託生産・委託販売といった形で展開しましたが、海外への資本参加が本格化したのは90年代の後半です。アジア・オセアニアではオーストラリアやフィリピンのビール会社に資本参加し、現在は中国、韓国、ベトナム、ミャンマー、シンガポールなどでも事業を行っています。ちなみにシンガポールでは品質にこだわって日本産のキリンビールを輸入販売しており、多くのお客さまに好評をいただいています。

キリンホールディングスシンガポール社 社長 本多 宏理 氏

Q. 御社の今後の経営方針についてお聞かせください。

当社では2027年までに達成したい経営ビジョンとして、「食から医にわたる領域で価値を創造し、世界のCSV※先進企業となる」ことを掲げています。医薬分野への進出はビールの発酵技術を活用する形で始まりましたが、現在では抗体技術を核にした最先端のバイオテクノロジーを駆使してがん・腎・免疫疾患を中心とした領域で医薬品開発に取り組んでいます。今後は、当社の強みである「食」と「医」をつなぐヘルスサイエンス事業を新しい柱にしていく考えです。例えばすでに特許を取得している「プラズマ乳酸菌」のように、科学的研究を通して、きちんと学術的な裏付けをもとに健康効果を実証したものを商品化する方向です。

当社は「CSV」という言葉が一般的になる以前から、幅広い社会課題に取り組んできました。例えば「酒類メーカーとしての責任」として、「アルコールの有害摂取の根絶」に向けた取り組みです。具体的にはノンアルコールや低アルコール商品を開発したり、未成年飲酒や飲酒運転の撲滅に向けた啓発活動を行なっています。この他、環境問題や地域創生などにも力を入れています。当社のCSVは、企業のイメージアップのためではなく、長期経営戦略の真ん中に、まさに根幹事業として据えられている点が特徴です。人口の増減やライフスタイルが急速に変化する中で、100年後にも社会に貢献しながら健全な経営をしていく会社であることを見据えています。例えば新しい国で事業を行う際には、企業の経済的な収益だけではなく、「現地のコミュニティにどう貢献できるのか」という分析が重要な経営の判断基準に入っているなど、事業計画全体にCSVの姿勢が貫かれているのです。

社内的にも、例えば「多様性の推進」の一環として女性の活躍を後押しするさまざまな先進的な取り組みを行っています。その一つが、誰にでも起こり得る時間制約を1ヵ月間体験する「なりキリンママ・パパ研修」で、子育て中ではない社員も、仕事と育児※を両立するママやパパに「なりきる」体験をします。部長でも独身社員でも、研修中は毎日定時で帰るほか、突然「子どもの保育園」から呼び出しの電話がかかってきて突発的な早退や出社できない状況を体験します。リアルに体験してみることで、全員が多様な立場を自分のこととして理解し、相互支援や仕事の共有、計画の重要性を再認識して取り組むようになりました。

Q. 海外での事業において工夫されている点はありますか。

海外でも国内でも共通していますが、「品質本位」という点で妥協しないことが何よりも重要だと考えています。品質の高さはキリンのブランドを構成する大きな要素です。国内外の自前の工場で生産する時はもちろん、海外の別会社に生産を委託する場合も、当社が求める品質をきちんと再現できるように管理を徹底しています。

海外においては、当社製品の販売活動を、契約するディストリビューター(販売代理店)の方々に委託するケースが多くあります。それゆえに、キリンのブランド価値や、「品質本位」「お客さま本位」という当社の姿勢をお客さまに正しく伝えるうえで、彼らの果たす役割は非常に重要になります。そこで、まずは販売におけるキーパーソンとなるディストリビューターの担当者に日本の本社や工場を見学いただき、当社の品質本位」「お客さま本位」の姿勢や「CSVを大切にしている会社」としてのバリューをしっかり理解していただくようにしています。

Q. グローバルに活躍するための資質について、お聞かせください。

グループ全体として大切にしていることに、「パッション(熱意)・インテグリティ(誠意)・ダイバーシティ(多様性)」があります。会社やブランドに対する誇りと熱意を持ちつつ、謙虚な態度で誠実に仕事に取り組み、多様性の中の「違い」を超えて建設的に協力する力が必要だからです。また、この3つに加え、個人的には常に好奇心を持って幅広く学ぼうという姿勢も大切だと感じています。例えば私はシンガポールでも出張先でも、時間さえあればあちこちを歩き回り、人々の買い物や食事の様子を観察して過ごします。すぐに仕事の成果に直結しなくても、幅広い関心を持って多様な経験を楽しめると、自ずと成長へと繋がるように思います。

採用の段階では特に語学力や海外経験を問うたり、留学生の枠などを設けたりはしていませんが、結果的に海外経験があったり英語力の高い方の採用は少しずつ増えています。先程の「熱意」「誠意」「多様性への理解」「好奇心」などは、学校の勉強や研修で一朝一夕に身につけられるものではありません。海外生活の経験がある方は、やはり日常の中で自然にこれらの資質が身についている方も多いように思います。また、当社はCSVに力を入れている会社として評価されていることもあり、最初から「CSV部門で仕事をしたい」と希望して来る方も増えています。当社としても、そのような社会に対する責任感や熱意は大事にしたいと考えています。

海外で仕事をしていて感じるのは、「論理的な思考力」や「説得力のあるコミュニケーション力」の重要性です。議論や交渉の際に話す内容が論理的でなかったり矛盾がある場合、日本人社会では聞き流したり、意図を想像してもらえたりすることもありますが、海外では容赦なくそこを指摘されることが少なくありません。論理的に話を進められないと、交渉が不利な方向に進んだり、また相手からの信頼を得られなくなります。最近は日本の私立校などでもディベートなどの取り組みをしているようですので、ぜひ英語力と合わせて、実践的なコミュニケーションの力を伸ばしていただきたいと思います。

Q. 海外で暮らすご家族へのメッセージ

海外生活や留学を経験したお子さんは、その「経験」こそが柔軟性や多様性といった力になります。私の子どもたちもそうでしたが、日本人学校に通うと、現地校やインターナショナルスクールに比べ「語学力の習得」は及ばないかもしれません。しかし発想や思考は、海外生活の中で無意識のうちに多様化しており、異文化を尊重し、予想外の状況にも柔軟に対応する力がしっかり身についていると感じます。ぜひ、海外にいる間は現地の人と交流し、文化に触れる機会を積極的に作ってあげることが大切だと感じます。

また、子どもに多様性や語学力を求める前に、まずは親御さん自身が現地のコミュニティに入ったり言葉を学んだりする姿勢を見せることも大切だと感じます。積極的に異文化を楽しむ親御さんの姿勢こそ、お子さんのグローバル人材としての成長につながる最初のロールモデルです。海外生活が、親子で新しい世界を発見し成長していく機会になるように願っています。

会社概要

キリンホールディングス

麒麟麦酒株式会社を中核とする、キリングループの持株会社。国内ではキリンビール社による国内ビール・スピリッツ事業、キリンビバレッジ社による国内飲料事業、協和キリン株式会社による医薬事業などが主力事業。海外では豪州ライオン社、ミャンマーのミャンマー・ブルワリー社、米国北東部を拠点とするコーク・ノースイースト社などを傘下に「食から医にわたる領域」でさまざまな事業を展開。

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