世界共通の学びの土台として今、国際バカロレア(International Baccalaureate、以下IB)が146ヵ国で導入されています。ここシンガポールのインター校でも導入が進み、日本でも文部科学省が、2018年までに大学入学前のディプロマプログラム(IBDP)を導入する学校を200校まで増やすという数値目標を掲げています。 7月号では入門編として、国際バカロレア機構と文部科学省を取材し、概要をお伝えしました。今回は日本のIB認定校2校を取材し、日本での現状をお届けします。
東京学芸大学附属国際中等教育学校
2007年に開校して以来、国際理解・人間理解・理数探究を3つの柱とした教育を実践しています。 帰国生を継続的に受け入れると同時に、学習指導要領だけでなく時代に即した国際教育プログラムを提供すべく、2010年国際バカロレア中等教育プログラム(MYP)の認定校に、2015年3月よりディプロマプログラム(DP)校としても認定されました。
英語の授業の様子
Q. 学習指導要領とIBプログラムは 両立できるのですか?
MYPは学習内容を規定するものではありません。学習指導要領にある内容をIBに準じた手法で学習の目標を設定し、授業を展開します。 来年4月に開講するDPの科目でも、学習指導要領の科目をいかしつつ、DPの枠組みの中で本校独自のカリキュラムを進めていく予定です。
Q. IBの教員養成が課題と聞きますが?
MYPでは、各教科に一人IBの研修に参加した先生がいれば要件を満たします。また、DPについても新たに教員を採用するのではなく、現在いるMYP教員をDP教員に養成しました。本校では、MYP の授業を本校教諭と非常勤講師が担当します。
IBでは、知識を得ることがゴールではなくむしろ「スタート」です。 持ち合わせた情報を組み合わせ、いかに課題を解決するかという「考え方のプロセス」が重視されています。教室で学ぶことと実社会で起こっていることをリンクさせることがIBの真骨頂。複雑化する国際社会のニーズにあった教育だと感じています。
東京学芸大学付属国際中等教育学校 副校長
MYPコーディネーター
星野先生
生徒の声
- ◎卒業生Aさん(海外居住経験なし 日本の大学に進学)
ここを評価「プレゼンテーションの機会が多く、英語でも物怖じしない性格に。チャレンジ精神旺盛になったことは社会でも大いに役立つと感じます」
- ◎6年(高3相当)Bさん(中学時代にイタリアのインター校に在籍。)
ここを評価「レポートやディスカッションが多くて大変だが、授業は刺激的。さまざまな考えに触れられ、視野が広がりました。国際的に活躍したい人におすすめです」
東京都立国際高等学校
都立高校初の全日制国際学科の高校として平成元年に開校。国際化時代を切り開く豊かな国際感覚と優れた外国語能力を身に付けた有為な人材の育成を目指しています。約200校ある都立高校のうち、唯一「国際学科」のみを設置し、2015年全国の公立高等学校で初めてIBDPを導入し注目を集めています。
本校のIBコースの募集定員は1学年、25名。IBコースが期待する生徒の姿は、将来、世界や日本に貢献することを念頭に、海外大学に挑戦する強い意志をもった生徒です。入学者選抜では、IBDPの学びに必要な能力をさまざまな観点から見ていきます。英語力は本校入学時に英検2級~準1級程度の実力が必要です。小論文、個人面接や集団討論も実施します。合格者の中には、海外での滞在経験がない生徒もいます。 (副校長 市村 裕子先生)
開校以来27年間、「調和のとれた国際感覚を身に付け、世界の人々から信頼され、尊敬される人材の育成を目指す」ことを教育理念とし、歩み続けてきました。高度な外国語能力を育成し、グローバルな視点に立った多様な専門科目で比較文化や国際関係などを深く学びます。さまざまな国籍をもった生徒たちが互いに切瑳琢磨できる本校だからこそ、生きた国際感覚を身に付け豊かな人間性を育くみ、国際社会で貢献できる人材を輩出することができるでしょう。
(東京都立国際高等学校 校長 荻野 勉先生)
参考データ
海外帰国生徒・ 在京外国人生徒の割合全体の約3割が海外帰国生徒 または在京外国人生徒。
海外帰国生徒の最終滞在国は 世界30カ国以上、 在京外国人生徒の出身国は15カ国。
Q. 日本の高校卒業資格とDPの両方を取得することは可能ですか?
可能です。日本の学習指導要領の必履修科目は可能な限り高校1、2年生で終え、2、3年生はDPを中心に進めます。1学期終了後も7月いっぱいは授業を行い、夏季休業中の8月は最後の1週間を授業とするなどの工夫をしながら日本の高校卒業資格とIBのディプロマ取得のために学習時間を確保し、両方の資格が取得できるようにしています。
「進路はこれから」と語る生徒がいる一方、イギリス・アメリカ・カナダ・オーストラリア・ドイツなど、具体的な国名を挙げる生徒も多い。
Q. 教員の確保は?
IBコースの指導者には、東京都の専任教員(日本人)と、ネイティブを含む教育スタッフである講師がいます。専任教員は、海外滞在経験があるなどのバックグラウンドをもち、数学や物理、世界史等、自分の専門教科を英語で指導することができる教員を配置しています。IBDPでは大学1年生レベルの学習に取り組むため、指導者は非常に重要であり、全力で人材確保に取り組んでいます。
Q. 進路は?
本校のIBコースは、海外大学進学を目指すコースです。そのために日本語DPではなく、英語によるDPを実施しています。英語力が十分でない生徒には個別対応をするなど、個々の生徒の情報を収集、整理しながら進路目標が達成できるよう、ネイティブを含めた講師とも情報を共有して話し合い、学校を挙げて全力でサポートします。
東京都立国際高等学校で、国際バカロレアコースの1期生(高1)の生徒に聞きました
クラス19名中:男子7名、女子12名
(日本人生徒募集により入学した生徒:14名 外国人生徒募集により入学した生徒:5名)
【回答者12名からのアンケート結果より抜粋】
◆今までの英語学習経験
独学・家庭学習から海外生活10年以上と生徒のバックグランドはさまざま。
- 海外滞在経験あり:6名
- 海外滞在経験なし:6名英語検定
- 一級 ................................ 1名
- 準一級 ............................ 3名
- 二級 ............................... 6名
- 回答なし ...................... 2名 (長期の海外滞在者など)
◆学校以外の普段の一日の学習時間
IBでは授業への準備が鍵。課題をこなすには週末にチームで学習することも。
- 4~5時間 ........................... 2名
- 3~4時間 ........................... 3名
- 2~3時間 ........................... 4名
- 平日1時間週末4時間 .... 1名
- その他 ................................ 2名 (学習時間明記せず)
Q. この学校を選んだ理由は?
将来は海外でも日本でも、日本の役に立つ仕事、「世界と日本をつなぐ」ことがしたい。
熊岡 さん
【その他の生徒の声】
- 海外大学の進学への近道だと思ったから
- 課題探究型の勉強が役立つと考えたから
- IBで培ってきたスキルは将来的にも大きな自信となるから
- 英語で授業を受けられる点にひかれたから
- 自分と違う背景をもった人たちと共に勉強できるから
Q.学校の授業の特徴は何ですか
予習ありきのディスカッションがメイン。板書で知識を得るのは家庭学習(予習)に入り、授業ではその確認と更なる知識を得る。プレゼンテーションやポスター作りなどをたくさんすることが特徴
深澤 さん
- 【その他の生徒の声】
- 少人数の課題探究型であるところ
- 生徒間・生徒と先生の距離が近くアットホームなところ
- 他人の面白いアイディアを聞ける機会が沢山あるところ
- 自分の意見を持たなければならないところ
- 月に2回はいずれかの教科でプレゼンテーションがあるところ
- 知識を覚えるのでなく「考える」ことが多いところ
Q.IBの授業によって、どんな力がついたと感じていますか
また、学校の授業を経て自分のどんな点が変化しましたか
自分の意見を伝えると同時に、他人の意見を最後まできちんと聞いて活用する力が身についた。以前より自分に自信がついた
ポダルコ さん
- 【その他の生徒の声】
- 文章力・表現力が伸びた
- 人前で話す度胸がついた
- 今まで以上に積極的になった
- さまざまな角度で見る視点ができた
- 異文化の人にも偏見を持たずに接する態度が身についた
- 授業・試験・学期の後に必ずみんなで今までを振り返り、今後の課題を見つけられた
Q.授業で大変だと思うことはありますか
発言で恥をかく危険性はあるが、リスクをとって発言しないとクラスに貢献できないこと
岸 くん
宿題を受け身でこなすだけでは不充分。自分で深く掘り下げて調べる姿勢が期待されていること
李 さん
- 【その他の生徒の声】
- 英語で発言すること
- 課題のボリュームが多いこと
- 自学して発表するという学習スタイルに慣れること
- 授業の密度が濃く討論も多いこと
- 英語で理系科目を理解すること
- 課題を締め切りまでに仕上げること
Q. この学校を選んで、何が良かったと思いますか
異なるバックグラウンドをもった、非常に優秀な仲間たちが周りにいること。私自身ももっと努力しなければと自分を見つめ直すことができる。先生と生徒の距離が非常に近く、授業の質が高く密度が濃いところも魅力。
福田 さん
- 【その他の生徒の声】
- より深く物事について学び、自分で考える力が養われる
- 生徒に多様性があり、毎日色々な出会いがある
- 時間管理の訓練
- 学習スタイルや自主性を大学進学への準備につなげられる
IBが目指す「学習者像」
考える人(Thinkers)」とは
複雑な問題を分析し責任ある行動をとるために、 批判的かつ創造的に考えるスキルを活用する人。
「心を開く人(Open Minded)」とは
自己の文化と個人的な経験の真価を正しく受け止めると同時に、多様な視点を求め、価値を見いだし、その経験を糧に成長しようと努める人。
「挑戦する人(Risk Takers)」とは
ひとりで、または協力して新しい考えや方法を探究・挑戦できる人。
「振り返りができる人(Reflective)」とは
自分自身の成長のために、自分の長所と短所を理解しようと努め、世界についても深く考察する人。
その他の学習者像として、「探究する人(Inquirers)」「知識のある人(Knowledgeable)」「コミュニケーションができる人(Communicators)」「信念をもつ人(Principled)」「思いやりのある人(Caring)」「バランスのとれた人(Balanced)」があります。
編集部より
取材した生徒さんたちは、まさに今の日本でIBの「学習者像」を体現していることに気づきました。それは、新しい挑戦をいとわない「リスクテイカー」であること、多様な人々と「オープンマインド」で関わり合うこと、自分を改善するための「振り返り」を課すなど、社会で求められる前向きな姿勢でした。日本ではすでに2014年から現在まで、国際バカロレア機構により15回の教員研修ワークショップが開催され、総計1,386名の教員が参加しています。日本のIBの裾野は、確実に広がってきているようです。
取材協力:国際バカロレア機構、東京都立国際高等学校、東京学芸大学附属国際中等教育学校
参考データ
◎IB主催のMYP・DPの教育研修に 参加したことのある教諭の割合
※帰国生受入れの経験知の高い既存の教員 をIB教員へ養成する。
◎帰国生の割合 ~6年(高3担当)~
※帰国生は世界50カ国から集まる。